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福岡高等裁判所 昭和39年(う)570号 判決 1965年9月02日

被告人 宮川睦男 外四名

主文

被告人渋谷勲に関する本件控訴を棄却する。

原判決中被告人宮川睦男、同木村正隆、同野口一馬、同蛯谷武弘に関する部分を破棄する。

被告人宮川睦男、同木村正隆、同野口一馬、同蛯谷武弘を各懲役二月に処する。

但し右各被告人に対し本裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中、証人松下勇、同石井秀吉、同平井朋吉、同上田節男、同阿比留虎夫、同藤丸春雄、同大石好典、同箱田正人、同福島美徳、同渡辺繁松、同池尾保、同浜本義彦、同吉田文男、同江頭幸太郎、同田中初雄、同片渕繁雄、同牧本勇、同前田勝己、同白浜初次、同新開平弥、同松村貞夫、同古賀小一、同豊富俊作、同林啓一郎、同津島秀康、同植本正人、同中沼清、同加藤昌隆、同末房長明、同太田黒宣嘉、同田島春己、同楢崎勉、同宮本真海、同灰塚照明、同谷端一信、同正田誠一、同五島頼子、同山田一男(第一、二回分)、同灰原茂雄、同中屋親盛、同藤田靖利、同平田憲二、同古賀定、同塚元敦義、同中田義信、同内田誠、同池田英夫に支給した分及び証人渡辺芳達、同宇土薫、同江頭助八に支給した分の二分の一並びに当審における訴訟費用は被告人宮川睦男、同木村正隆、同野口一馬、同蛯谷武弘の連帯負担とする。

理由

弁護人諫山博が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人及び弁護人三浦久連名で提出の控訴趣意書に記載のとおり(但し、一一枚目表末行の「七月一〇日」とあるのを「七月七日」と訂正し、三五枚目表三行の「木村被告人が第二日吉丸」の次ぎに「の指揮」を挿入する。)であるから、これを引用する。

同控訴趣意第一乃至第三(事実誤認、法律解釈適用の誤)について(但し被告人渋谷を除くその余の被告人四名関係)

所論は要約すると、(一)本件ピケツチングは労組の正当な組合活動であつて、何等違法な点はなく、(二)被告人ら四名に共謀共同正犯の成立する余地はないというに帰着する。

よつて、本件記録及び原裁判所において取調べた証拠に照し、当裁判所における事実取調の結果を参酌して検討するに、

(一)  先ず本件ピケ行動の正当性の有無について考察すれば、本件坑木等の資材は三井鉱山株式会社(以下会社と略称する)の発注及び請負契約によつて坑木商により輸送され、判示岸壁に陸揚して引渡されようとしたものであつて、従来多年に亘る取引慣行に従つて行われたこと、また坑木の輸送並びに陸揚の業務は従来三池炭鉱労働組合(三池労組と略称する)がこれを担当していたものでないことは原判決に説示のとおりである。しかし、右資材は会社と三池労組間に争議が発生し、会社がロツクアウトを宣言している時期において、労資間の争議中に三池労組から分裂した第二組合員が強行就労して、操業するために必要な生産資材(単なる保安資材ではない)であることは否み得ないところであり、このことは発注を受けて輸送業務を請負つた坑木商においても充分承知していたことが窺われる。しかも、本件輸送は、坑木商のチヤーターした坑木運搬船の外に、会社の貨物船、及びこれを護衛するため坑木商において傭つた警備船数隻並びに会社側で傭つて来た護衛船数隻で船団を構成し、荷役人夫の他に三池鉱業所資材課長以下会社職員や、第二組合員多数が乗船していたことも明らかであり、会社側、第二組合と坑木商が一体となつて共同してこれに当つたと見られる面があるので、従前に坑木商の輸送業務に対し三池労組から妨害を受けた経緯から、会社側及び第二組合がその護衛に当る意図があつたからというて、争議の相手方たる三池労組からみれば、経営者及び第二組合のスト破り的作業と毫も選ぶところなく、純然たる第三者たる輸送業者の業務と同一視し得ないものがあること所論のとおりである。

而して、争議状態継続中における会社の操業は、平常時における自由とは異り、労組側からの制約を受けることは争議権が保障されていることの必然的帰結であり、強力な対抗行動を受けるのは已むを得ないところであつて、本件においても、三池労組側からピケ船を動員してその輸送、陸揚の阻止行動に出たピケ活動自体は、それが全法律秩序の観点からして許容されるもの、換言すれば、合法性を逸脱した行為に亘らないものである限り、組合の団体行動として、これを違法ということはできないこと多言を要しないところである。

ところで、本件昭和三五年七月七日における前記会社側の輸送船団と三池労組のピケ船との間には、共に両者の衝突は予想されていたもののごとく、その準備も整えられていたことが看取されるので、現場に臨んで、話合による交渉、説得の機会が与えられたか否かは、さまで重視する要を見ない。それで、両者の間に演じられた紛争に際し、三池労組側のピケ行動に果して違法とすべき点があつたか否かを各証拠により考察すると右労組のピケ隊、すなわち岸壁附近に停船又は遊弋していたピケ船一五隻は、坑木船三隻、雑貨船一隻、会社の護衛船五隻、坑木商の警備船二隻からなる船団が近づくのを発見して、警戒体制に入り、船団が岸壁に向つて前進して来るや、その進路上を遊弋し、又はピケ船とピケ船の間をロープで繋いで接岸を妨害したり、岸壁との間にわり込み進入して押し離し、或は接舷して説得行動に出たに止らず、人体に危険を及ぼす虞のある投石、花火の横打ち、発煙筒の打込みなどをなし、会社側船舶に接舷してピケ隊員が乗り移り、乗船者に対し威迫的言辞や棒で打ちかゝるなどして脅迫して船員等を船室内に逃避させた上、ロープやワイヤーをマスト等に引かけたり、連繋したりして沖合に曳航する挙に出たものであつて、原判決の罪となるべき事実の判示は簡略で、措辞意を尽さぬものがないでもないが、原判示(一)の(1)乃至(3)の坑木船に対して、判示ピケ船による妨害行為のみでなく、前記船団とピケ船の全部が入り乱れて三〇分余に亘る混乱が続いた状況であることが認められる。

それで、ピケ船の行動は輸送船舶が叙上のごとくストライキを妨害するものとして、これが阻止の目的に出たものであるとはいえ、もとより輸送船舶等に衝突による転覆又は損壊の危険を予見してなしたものではなかつたとしても、その接岸、陸揚を不可能ならしめるために用いられた手段、方法は、単にその進路を遮り、岸壁との間に割り込んで押し離し、又は接舷して説得する程度を超えて、前記のような実力行動をとつたものである以上、会社側からも放水、投石がないでもなかつたことを参酌しても、その実力行使は許容し得られる限度を超えたものというのほかなく、結局判示船長らの運送業務を妨害した行為としての違法性を全面的に否定する訳にはいかない。

(二)  次に被告人らに共犯の責任があるかどうかについて考えてみるに、被告人らに対して共謀共同正犯の責任を肯定した原判決の説示は、本件海上ピケそのものを違法視した上で、被告人らに右海上ピケを行つたこと自体について、共謀共同正犯が成立するものと解したかのごとくとれる節があること所論のとおりである。

しかし、固より被告人らは単なる第三者としてピケの状況を傍見に行つたものではないけれども、ピケ行動を指揮、監督するために乗船したものでないことは記録上容易に首肯されるところである。

勿論被告人宮川、同野口、同蛯谷は三池争議に際して組織された現地対策委員会に所属し、被告人木村は三池労組の四ツ山支部長として争議における重要な地位にあつたことは明らかであり、海上ピケについても現地対策委員会で決定された基本原則に準拠して実施されたものではあるが、海上ピケの総括責任は本部においては蒲池清一、現地においては中田義信が掌握し、その指令に基いて三池港では寺中執行委員、大牟田港では蓮尾執行委員が中間的指揮に当り、各ピケ船にはそれぞれ中屋親盛等の各責任者が分乗していたことも認められる。それで同年五月中旬以降数次に亘る資材の陸揚、人員就労に対する阻止行動の経過及び七月七日のピケ活動についての一般的計画は被告人らにおいて承知していたことが認められるとしても、右のごとく責任者としては具体的に人選が行われていたのであるから、被告人らとしては、指揮又は阻止行動について格別の任務を持たずして乗船したものであつて、その役職柄爾後の組合活動に関し参考のため視察の意味があつたとはいえ、該ピケを監督、指揮するためであつたと認めるに足りない。原判決が敷延する本件混乱終了後に喜多川旅館において、被告人らがピケ船の船長等に対し酒食を饗応してその労をねぎらつた事実によつては右認定に消長を来たさない。

しかしながら、右被告人らは、いずれもそれまでの海上ピケの状況、経過は目撃又は聞知しており、当日のピケ船の装備等の状況、乗船した労組員の服装等も承知しており、従つて阻止活動が正当な限界を超えるに至ることは予め察知して、これを容認する気持があつたのではないかと推測するに難くない。のみならず、被告人木村は同野口、同宮川と共にピケ船の指揮班とも目された第二日吉丸に、被告人蛯谷はピケ船勢福丸に夫々乗船しており、被告人木村及び同蛯谷は夫々甲板上又は操舵室屋根上にあつて、マイクと指揮棒によつて各ピケ船に指示を与えていたことも窺われないではなく、被告人宮川において一時甲板上に姿を現わさなかつたとしても、ピケ船の行動状況に対し全く無知、無関心であつたとは到底考えられないことの諸事情を併せ考えると、原判決が説示するように被告人宮川、同野口が同じく第二日吉丸に乗船していた被告人木村に対し、ピケ船の指揮一切を指示一任してこれに当らしめていたものとは認められないとはいえ、また他の労組員とは当初の乗船目的を異にしたとはいえ、乗船後においては、前に説示のごときピケ活動に出ることを容認して、原判示のピケ船の船長、乗船中の三池労組員、支援者数百名と共にピケ行動に参加する意思を生じたものであることは覆い難く、判示各労組員及び船長等と意思相通じて、全員一体となつて前示のような違法な阻止行動に及んだものであることを認めるに十分である。

而して所論援用の各証拠によつても右認定を覆し得ず、記録を精査しても、叙上の事実認定に誤りがあることを発見することはできない。そして原判決の前述のごとき事実認定等の過誤は、未だ判決に影響を及ぼすこと明らかなものとするに足りないので、判示(一)の(1)乃至(3)の行為について、被告人ら四名にその共犯の罪責はこれを否定すべくもなく、原判決に所論のような事実誤認又は法令適用の誤りがあるとはいえない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第四(事実誤認)について(但し被告人渋谷関係)

しかし、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示(二)の事実は優に認めることができる。もつとも、原判決挙示の証拠のなかには所論のようなくいちがいが存するところもないではないが、右のようなくいちがいがあるからといつて、右各証拠はいずれも全く信用し難いものとなすことはできず、これらの諸証拠を綜合すると、当時ピケ船観瀬丸が会社側警備船東丸に接舷した際、観瀬丸から被告人渋谷と共に東丸内に乱入した数名のうちの三名が手に手に棍棒等を持つてあいともに宇土薫、渡辺芳達らに殴りかかり、宇土及び渡辺に対しそれぞれ原判示のような傷害を負わせたことは疑う余地を存せず、しかもそれらの三名のうちに被告人渋谷が含まれていたことも明らかなところであるから、原判決には所論のような事実誤認の違法はない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第五(量刑不当)について(全被告人関係)

よつて、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている被告人らの年令、境遇、本件当時の争議情勢、本件犯行の動機、態様、罪質等を総合考量すると、被告人渋谷については所論の同被告人に利益な事情を十分参酌しても原判決の同被告人に対する刑の量定はまことに相当であり、これを不当とする事由を発見することはできないので論旨は理由がない。しかし、被告人宮川、同木村、同野口、同蛯谷については前に説示したところから窺われる諸事情に鑑みれば、原判決の右被告人らに対する刑の量定は重きに失し不当であると認められるので、原判決中、右被告人らに関する部分は破棄を免かれない。論旨は理由がある。

よつて被告人渋谷に関する本件控訴は理由がないので刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却し、被告人宮川、同木村、同野口、同蛯谷に関する本件控訴はいずれも理由があるので、同法第三九七条に則り原判決中右被告人らに関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に自ら判決することとする。

原判決が確定した被告人宮川、同木村、同野口、同蛯谷関係事実に法律を適用すると、右各被告人らの原判示各所為は刑法第二三四条、第二三三条、第六〇条、罰金等臨時措置法第三条に各該当するから、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条に則り犯情の最も重い原判示(一)の(2)の蛭子丸に対する威力業務妨害罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において右被告人らを各懲役二月に処し、同法第二五条第一項を適用して右被告人らに対しいずれも本裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を各適用し主文末項記載のとおりその負担を定めることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 天野清治 山本茂)

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